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 モラトリアムという時間を考えた時に、わたしは石原都知事が都立高校をガラリと変えたことを連想しました。

 彼は私が高校3年の時に都知事に当選しました。その後、彼は都立高校を中高一貫校にしたり、大学受験に受かるような教育を推進し、変えてしまいます。   

 私が都立高校に通っていた時期は、モラトリアムと言っても良い時間だったと考えています。勉強は好きな科目しかせず、少し部活に参加して、子ども会のボランティアなどでキャンプに行く。目的もなく井の頭公園や吉祥寺を散策し、文化祭の準備で夏休みに学校で友だちと集まって漫画を読んだりの日々です。

 今の都立高校にはこのような暢気さはなさそうです。かつての都立高校のゆるさは大人に受けなかったのだと思います。ほとんどが浪人生になるので、お金がかかるのです。今日の都立高校生は、日々受験や部活に熱心なことでしょう。昔よりも集団としての圧力を受けていると想像しています。以前あった都立高校文化を潰されたことが残念でならないのです。

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マクロの観点では国民が貧しくなると、ポピュリズム的政治か人気を得て、政治家も過激な言動で支持を獲得しようとする循環と、ミクロでは生活に余裕が無くなると個人の思惟が弱まり社会の大勢に流される傾向が増すような繋がりを想像しました。

余裕の有無に左右されない軸を持つ個人が多ければまた違うのかも。

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